私のファッション遍歴

Series:私と平成をふりかえる1 の続き

そんなわけで、窮屈な女子校時代を救ったのが、渋谷や原宿のストリートファッション。表参道も当時はホコ天で、みんな思い思いの自己表現をしていて。学校のテスト期間が終わって、大好きなお洋服を着てお店を開拓するのが生きがいだったw

出典:「原宿・新宿から消えた?ロリータは今どこにいるのか」by: FASHIONSNAP

ロリータ、パンクと一通りこなしました。当たり前ですがネットで服は買えず、ファストファッションもなく、場の”聖地”感、エネルギー量が尋常じゃなかったんですよ。年配のかたもめっちゃカッコよくてこんなんばっかでさw!ストリートスナップ雑誌の影響力もありましたね。

出典:kerastyleほか

その後は、渋谷にあるクラブ系ファッションを扱うショップの女性の店員さんがカッコよくて影響を受けたな。欧米のインボートものも扱っていたので、海外に興味が出てきたり。こんなグラフィックデザインやりたいな〜とクラブのフライヤーを集めてた。

出典:Baby Don’t Cry 動画より

もちろん109(マルキュー)でも。たまたま店頭で見かけて即買いしたのが、アムロちゃんの通称”ベビドン”コートでした。

そんなわけで、高校卒業したら髪の毛はピンクにする!ぐらいの勢いだったのですが…私の黒髪を救ったのが、イッセイミヤケと着物の出会いですね。

PLEATS PLEASEのショール、店員さんにココ止めればスカートになっちゃいますよ〜と提案され、もの凄い感動したのを覚えています。”一枚の布”というコンセプトとテキスタイルの美しさが衝撃的でした。成人式の影響もあって、着物に興味が出てきて、着付けも習いました。

社会人になってからは、金銭面カツカツすぎて一転、とてもファションどころではなくなりました。ユニクロなんて高級品、手が出なかったよね〜。イトーヨーカ堂プライベートブランドと、ファッションセンターしまむらで、いかに安く手に入れるかしか考えなかった。お店に行く余裕すらない辛い時期がしばらく続きます。

一人暮らしで築地に住みはじめてから、銀座界隈が私にとってのホーム!ラグジュアリーブランドも、買えないけど試着することはできる、と目だけは肥えてきた気がします。渋谷・原宿・表参道あたりはもはやアウェイになってしまいましたね。

今のファッションの好みについては、長くなるのでまた次回。

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