私と平成をふりかえる1

平成元年といえば!私は6歳。あ〜ちょうど今の娘と同じ時期なのか。物心つき、自我が出てきて、記憶も鮮明になる時期のスタートに被りますね。

昭和天皇崩御で物々しい雰囲気のなかでの新元号=平成の発表だったことを覚えている。ちょうど弟が生まれたすぐあとでね。お母さんは弟につきっきりだし、唯一楽しみにしていたテレビは、全チャンネルが崩御特集で、楽しみにしてた「おかあさんといっしょ」もなくなっちゃって、ホンっとつまんなくて!そう考えると今回は、いや歴史上稀にみる、明るくワイワイできる切り替わりのタイミングなのですよね。

ちょうど小学校に入学のタイミングでしたね。自宅の最寄りの幼稚園が、私立の幼稚園で、高校まで(頑張れば大学まで)エスカレーター式で上にあがれる女子校でした。通算15年だよ?長きにわたる女だらけの生活を送ることになります。

社会経験も重ね、尚且、親になった目線でいうと、めっちゃいい学校だったな、と思うし、女子オンリーという特殊な教育環境って意外とアリだな〜とも思いますが、当時はマジで窮屈としか思えなかった。

15年代わり映えない女だらけの人間関係。仲良しグループ派閥的なものが苦手でね。直接酷いいじめにあったわけではないけど、親しめのクラスメートが相次いで不登校になり、次に私がターゲットにされたら、と常に気を遣い、空気を読みまくる控えめな子でした。

出典:https://bingwong.wordpress.com/2018/02/10/j-fashion-kogyaru%E3%82%B3%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%AB/

”コギャル”女子高生が絶大な存在感を持ち始めた時代。ですが当然、茶髪、ミニ丈、ルーズソックス、ポケベル、ピッチなどの流りものは、校則でNG。みんなうまく工夫してたけど、いちいち違反チェックする先生が校門に立っててさ、「ごきげんよう〜♡」って笑顔で会釈しながら「うっせーBBA!」って思ってたw

出典:https://www.jiji.com/jc/d4?p=aum995-jpp01660305&d=d4_aum

それと、ミッション系の学校なので「宗教」の授業がありました。自分的には無宗教だし、キリストに全く思い入れもない。なのに特定の宗教の教えがテストになって内申に関わるってどーなの⁈と。多感な時期にオウム真理教による事件があったことは大きいです。納得いかないから知識いれてやらないぞ、という思想を貫き…。宗教の授業中は、机の下でゲームボーイのポケモンやったり、純愛少女漫画からBL系、るろ剣、エヴァンゲリオンなどの漫画読んで、ミサの間はお昼寝してた。教養として聞いとくんだった、と、めちゃくちゃ後悔しています。

が、そういった窮屈さがかえって、新しい世界を開拓する原動力になったのですよね。自由への渇望が人一倍強かったように思います。

私にとっての、”新しい自由な世界”とは、渋谷・原宿などのストリートファッション、インターネット、アメリカカウンターカルチャーへの興味でした。

つづきます
私と平成をふりかえる2〜ファッション編〜