もののけ姫のルーツ、京都の志明院

しかし、ここ鴨川の源流に位置する志明院。

鴨川があるからこそ、都として選定されたのだし、
政治的にも文化的にも日本の礎を築いた平安京が、この地の木材で作られ…
古くは「鳴神」という歌舞伎の十八番、 そして現代においては、
ジブリアニメの最高傑作「もののけ姫」が作られた舞台
と思うと…

控えめに言って、驚嘆に値しませんか。

志明院

この続きです。

数十年前、この寺にしばらく滞在していたのが、若かりし司馬遼太郎。 まだ新聞記者時代、”作家志望”として執筆活動のために滞在中、跳梁跋扈の「もののけ」をたびたび感じたのだとか。その後日本を代表する作家になり、ジブリ宮崎駿と対談が行われたなかで…

志明院での”もののけ”の経験を話し、
「どんなに文明が発達しても決して犯してはいけない領域がある。それをテーマにした作品を作ってみてはどうか。」と提案されたようなんです。

あの「もののけ姫」、司馬遼太郎の”依頼”に宮崎駿が最大限に応えてみせた、と言えるんだな、と。

三徳院投入堂

そんなこともあって、映画「もののけ姫」を再度見たのですが… 主人公のアシタカの体の傷の意味や運命を占ってもらった断崖絶壁の岩に沿う超高床式の部屋。

あそこは外側は鳥取県の三徳院投入堂、内側は、この志明院の岩屋清水を彷彿とさせます。ヴィジュアル的な舞台としては屋久島の苔むす森がわかりやすいですが、じつはこの京都の秘境も作品の成立において大変意味在るところだったのですね。

そして特筆すべきは、志明院のご住職自身が、まさにあの映画に通じる精神を体現するように、鴨川を守る活動を勢力的に行っていること。鴨川のダム建設計画が持ち上がった際は、反対活動の中心としてこの手のダム建設プロセスとしては異例の白紙撤回までこぎつけた。

また京都とパリの姉妹都市を記念して、パリの芸術橋を鴨川にかける(というクソ余計すぎて呆れる)計画が浮上した際も、ときのシラク大統領に手紙で直訴し、ことなきを得たとのこと。シラク大統領も過去に来てご住職が案内したことから直筆のお返事も来たらしい。

それがなければ…もしかすると先斗町にうっかり「ザ・パリ風の橋」がかかり、それにあわせて京の風物詩の川床、の代わりに「パリ風カッフェ〜」が並ぶ可能性もあったわけで…
よくぞ立ち上がってくれたと頭が下がる思いです。

京町家にある”おくどさん”

畑や田んぼ、自然豊かで、炭や薪を使った京町家にあるような共同炊事場”おくどさん”もいまだ存在する古き良き山里。もとは平安京を作るための木材を手に入れるため人々が移り住んだところからはじまると知ってさらに驚いた。

京の都の華やかさの表舞台の影に、権力争い、愛欲も渦巻き、その葛藤を胸に抱えたまま亡くなったもいるわけで…悲劇の皇子とされる惟喬親王(これたかしんのう)の隠遁地として、ゆかりの神社仏閣も点在する。都から離れたこの地で、人間の欲、利便さゆえの矛盾・不条理を、一歩ひいた目線で何百年も見てきたからこそ「鳴神」や「もののけ姫」が生まれたのかな、と。

観光客もおらず日本の原風景を堪能できる雲が畑エリアもあわせて、ほんっとうに奥深い地でした!