完全デジタルデトックス、会話も断って10日間!ヴィパッサナー瞑想合宿を体験しました

京都山奥で10日間の瞑想合宿を体験してきました。スマホも預け完全デジタルデトックス…どころか、会話も読み書きも一切禁止の”断・インプット”な環境での瞑想修行です。

実際には屋内で実施されます

ヴィパッサナー瞑想…10年前頃からちらほら噂は聞いてはいましたが、私自身じっとしていられないタイプで、瞑想自体まったく興味がなく。今回は夫の強いススメにより、娘の世話も引き受けるというので、さらに京都観光(正直こっちのほうが…w)も行ってきなよと送り出してくれて。

そもそもヴィパッサナー瞑想とは、仏教における「ものごとをありのままに見る」方法としての瞑想を実践するもの。「インド出身のゴータマ・シッダールタが瞑想し、悟りに達して、よりよく生きる方法を教え始めた」というのが、仏教の起こりの通説。日本には大乗仏教という形で中国を介して流入した経緯から、「仏教=寺の仏像にお参りスタイル」が一般的なイメージですよね。正直私も、仏教系の新興一派かな?みたいな認識でした。

どうやらブッダの瞑想方法の実際の部分は、上座部仏教という形でインド隣国ミャンマーに根付いたらしく…。ミャンマー人の実業家で、長年の偏頭痛による薬依存に悩んでいたゴエンカ氏が、本国の伝統的な瞑想指導者について指導を受け、立ち直ったことから、一般人のよりよい生活に活かせるように瞑想コースを展開。仏教起源国インドにも”お返し”をすべく、インドに移住し活動を広げ、世界中に広まっているようです。最近では、タイ洞窟閉じ込め救出劇で、引率教官が少年たちにヴィパッサナー瞑想を教え、体力温存と平静さを保ち無事生還に寄与したということでも話題になりました。

京都の瞑想センター、思ったよりもキレイでした

日本には1980年代に上陸し、千葉と京都に拠点があります。最近は、マインドフルネスという言葉も認知されはじめ、ビジネスと瞑想という観点からも人気が高まっている様子。毎回申し込み開始後、瞬殺で満席になります。驚くべきことに、参加費というのはなく、寄付のみで運営されています。

参加者は男女それぞれ40名計80名。日本語と並行して英語でも行われるため、想像以上に世界各国から集まり国際色豊かで驚きました。京都観光もあわせてきた大学生、ベンチャー辞めて転職の合間のかた、有給を駆使して来日したバリキャリワーママ中国人、日本全国アドレスホッパーな旅人、定年退職したかたや、3人目出産予定で安定期に入った妊婦さんまで、ほんっと様々。

食事就寝などの居住スペースは、男女完全に分けられ、新規参加者は大部屋で寝泊まり。二回目以降の参加者(リピ率高し!)は、少人数部屋や個室があてがわれます。食事はベジタリアン料理(結構美味しかった)が朝晩提供され、夕飯時はフルーツとお茶の時間があります。

人里離れ、鳥の囀りが響き渡る場所です

スマホや本、筆記用具を預け、会話やアイコンタクトも禁止という完全にインプット遮断された環境でスタート。前後オリエンテーションも含めると実質12日間過ごすので、それなりに覚悟が問われます。今回は、男性2人が途中棄権した様子。ちなみに、たいがい脱落するのは男性らしいです笑。

朝4時起き、4時半から瞑想スタート。ゴエンカ氏の録音テープにあわせてプログラムが進み、だいたい1、2時間タームで休憩や食事などの時間もありますが、21時半就寝までひたすら瞑想。終了間際に、ゴエンカ氏による読経が流れるので、これが終わったら休めるという目安もありつつ、キツイといえばキツイ、慣れるっちゃ慣れる的なギリギリなライン。このパーリー語の読経、最初に聞いたときには、怪しさ満載、エラいとこ来ちゃったな、という印象でした笑。が、瞑想後半になると、コブシの効いた読経が、全身に響く感覚がわかりはじめ、色々と考えられているのだな、などと思ったり。最初の3日間は、自分の鼻呼吸をひたすら観察、4日目以降は、意識を動かしながら全身の感覚をチェックしていきます。

最寄りバス停まで送迎があります

瞑想=思考をオフにして無になる的な、勝手なイメージと裏腹に、意外と忙しかったですね。意識を動かしながら身体を360度スキャンして感覚を調べていきながら、アニッチャ(”無常”という日本語訳ですが、英語では、Everything is changingと言っていました)という概念を体感していきます。まずは10日間集中特訓、そして日常に戻ってからもその積み重ねによって、”平静な心”が育まれるとのことです。そんなわけで感想としては、「座ったまま(意識と感覚だけ)全力疾走しきって疲れた」という謎の表現に落ち着きます。ここ数年特に自分の感情や本音に向き合ってきたのですが、今回1日10時間超、10日間みっちり意識と感覚に対峙しました。

10日間が終わると、会話禁止ルールも解除され(特に女子は…なんたって、共同生活しているのに、一言も話せない日々!からの…)弾丸トークを炸裂させつつ、連絡先を交換し解散。私は放心状態ながらも、嵯峨野をまわって帰宅しました。

色、光、匂い、やはり全身が敏感になっているのがわかります

なんか、瞑想って頭と心と身体の”統合”させるようなイメージでしたが、実は、”分離”というのがキモかなと。実際、ヴィパッサナーという言葉に、”分けて観る”という意味があるように、とりあえず呼吸に意識をむけて落ち着かせながら、自分と事実と感情と感覚を細かく分けて観察する感じ。

終わってみて、ネガティブなことを振り返っても、瞑想合宿前と比べて、軽い感じ?頭だけで処理できている感じはあります。辛い苦しいといった感情の処理が、いかに身体の痛みや知覚とセットになっていたのか、よくわかりました。この瞑想合宿が、今後の生活にどう影響を及ぼすのかは未知数ですが、徐々に日常生活に瞑想習慣を取り入れはじめているところです。完全インプット遮断、肉もアルコールもコーヒーも断ったということもあり、何はともあれ大変貴重な体験でした!

日本ヴィパッサナー協会公式サイト:https://www.jp.dhamma.org/ja/